高山樗牛とホープ碑
明治の文壇に輝かしい足跡を残した高山樗牛は、山形県鶴岡の人で、23歳のときに書いた歴史小説『滝口入道』で有名になりました。しかし、渡欧を前に発病し、明治33年(1900)に杏雲堂平塚病院で診療を受け、転地療養をつづけましたが、結局明治35年(1902)に32歳の若さで杏雲堂平塚病院で没しました。そのとき枕辺に置いていたのが“HOPE”の絵でした。この絵は、友人姉崎嘲風がロンドンで求め、樗牛に贈ったものでした。
●所在地
平塚市高浜台1
●アクセス
バス:平塚駅南口循環「杏雲堂前」下車すぐ
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神奈川県平塚市松風町2-10(商工会議所内) TEL: 0463-20-5110 FAX: 0463-35-8104