「もろこしが原といふ所も・・・夏はやまとなでしこの濃く薄く、錦をひけるやうになむ咲きたる・・・もろこしが原にやまとなでしこの咲きけむこそ人々おかしがる」
これは菅原孝標の女が書き留めた『更級日記』の一節です。寛仁4年(1020)頃の唐ヶ原の風景です。花水川がどんな流路であったかは定かではありませんが、「平塚市民の花」であるナデシコが群生し、一面に咲く淡いピンク色の絨毯はさぞや見事なものだったことでしょう。
唐ヶ原という地名は、古来この地に朝鮮半島から来た人々が住んでいたことによると伝えられています。
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